2007.10.13
建築家 黒川紀章氏 死去
昨日、建築家の黒川さんが亡くなられました。
つい最近まで、国政選挙で目立った動きをされておられたので、
突然の訃報にびっくりしました。
黒川さんは、私が中学生の時、1970年の大阪万国博覧会で数多くの
斬新な未来的パビリオンを手掛けられ、建築界の鬼才と呼ばれていました。
中学生であった私が将来、建築家を志すきっかけになる憧れ的存在でした。
高校では3年の時の文化祭で、福岡銀行の新社屋建設室に出向いて
福銀本店の設計図をいただき、みんなで模型を作って展示したこともありました。
大学卒業後、間もなく竣工した福岡県庁舎は300億円かけたわりには
正直言って、全くいいと思いませんでした。
後から聞いた話によれば、当時、県知事として絶大な権力を持っておられた、
亀井 光 氏が黒川さんを指名して作らせた建物で、千代側の議会棟が六角形-(亀)、
中央の行政棟が中庭を取り囲んだ井形-(井)、一番東の警察棟の屋上には
ソーラーパネル-(光)と自分の名前を建物にしているという噂が流れていました。
その頃、何となく黒川さんは権力志向で、かなり政治的建築家だと思いました。
黒川さんのメタボリズム(代謝建築論)は、建築史の流れの中で日本人が
理論において初めて世界的なイニシアチブをとった一大功績ですが、
わたしにとっての黒川さんの建物は、大阪万博後の中銀カプセルタワー
までが最も好きでした。
師匠の丹下さんには、素晴らしい空間体験を感じるのですが、弟子の黒川さん、
磯崎さんには、空間の面白さをほとんど感じたことがありません。
誰かそのあたりを分析していただけると助かるのですが-----—。
謹んで黒川さんのご冥福をお祈り申し上げます。
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亀井光さん・・・懐かしいですねぇ。私が小学校6年の時の社会科見学で旧県庁に行った時に、御在職でした。ちなみに当時の前原町長は井上光さんだったので、『光』って出世する名前なんだと思いました。
福岡銀行本店・・・建築的には素晴らしいんでしょうが、初めて見た時の印象は「この屋根落ちてこんとかねぇ・・・なんか暗い」でした。すみません。
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黒川さんの場合は、建築は単体ではまずあり得ないことが大きく寄与していますね。偉大なる妄想家。その建築は、単体の空間で見ようとするのではなく、やはりその延長にある様々な事象をとらえることが大事なのではないでしょうか。じゃなきゃちょっとかわいそうです。
思考の中でガンガン攻める、そういう時代があったことは日本の財産であり、建築の財産だと思います。都市を捉え、そうかと思うと身体を考察し、素材も操る、そのなかで生まれた思考の彫刻は、逆に現代の真っ白な建築を霞ませます。空間のみで勝負する今の時代は1960年代以前の建築への反逆でもありますがねw
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ですが逆に今の時代はその形態操作ばかりが目につき、果たしてそれは空間か!?と懐疑的にもなるときが多々あります。mayaとか3Dプリンターだか使って満足し、道具に操られてることが見え見えです。やもすると、逆に建築のスケールを小さくなっていて、なんだかつまらないですね
そう思えば、否応無しに地球を大事にしなきゃなと思ってると、中国で建築による破壊活動が起こり、泣きたくなることもありますが
難しい時代です
ようは、今と昔は土俵が違います
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しかし、学生である私は、これからの建築が如何なる方へ進むか、ワクワクします
だってそれこそ僕らはコルをはじめ、丹下、黒川、磯崎etc多くの巨匠が歩んだその先を進まなければならないのですから
彼らは、建築は未来を作ることなんだと叫んだのです
きっと黒川さんは自分の死を分かって政治へ出ました
あれは僕へのメッセージです
小せえことやってんじゃねぇよ って
焦りますね
長々すいません