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シカゴを経ちニューヨークへ

 

6月10日、月曜日、シカゴオヘア空港に4時半ごろ行ってみるとさすがにまだ人が少ないものの

セキュリティチェックを受けるのに一人一人靴を脱がされボディセンサーのある機械の中で両手を上げ

回らねばならず、満席となればかなり時間がかかり、3時間前に行った方がいいという話も大げさではないように思えました。

 

空港内で朝の5時から開いているお店に入り、アメリカに来て初めて食事を取る。

体重が200kgぐらいの黒人のウエイターが体を動かすのも大変そうな状態で来て席に案内してくれる。

アメリカンブレックファスト(コーヒー付)を頼み、料金は2000円ほど、アメリカは予想通り食事代が高いと思う。

(ビジネスマンたちは席がないマックに並んでおりボクたちのように席があるお店は高いのだろうと思う。

でもとにかくやっと食べたぞー!——味はまあまあ—–)

 

6時30分発ニューヨーク行きデルタ航空は満席で 所要時間は2時間半。

 

リキ君の出迎え

 

ニューヨークJFK空港のターミナル4に到着。エーロ・サーリネン設計のあの有名な有機的形態の建物が隣のターミナル5にあるものの大きな旅行用ケースもありついでに見るという心の余裕はなく、妻の友人のお嬢さんがこちらに在住で彼女は入れ違いで里帰りしているものの、代わりにお婿さん(リキ君)に出迎えてもらいほっとする。

ニューヨークはあいにくの雨、彼がウーバー(配車アプリ)で手配してくれた車に乗りマンハッタンのホテルへ向かう。

(事前のネット情報ではタクシーだとチップ込みの70ドル程度,ウーバーは50ドルでかなり安いということでしたが結果的に95ドルでちょっと驚く)

 

雨のニューヨークは超高層ビルが雲の中に霞み、重く垂れこめた雲で巨大さがよくわからない。

ホテルで荷物を預かってもらい、リキ君が12時半にイタリア料理店を予約しているということで、それまで時間つぶしにホテルから歩いて近いところにあるニューヨーク公共図書館を案内してもらう。

 

 

 

 

 

(右側がブライアントパークに面したニューヨーク公共図書館)

 

(撮影可能な自習室、普通に撮っても映画のような雰囲気)

 

公共図書館のすぐ近くにグランドセントラル駅もあるため、ついでに行き、

10回分のメトロカード1枚(カードは一人がゲートを通過した後、後ろの人に渡すことができるらしく二人で1枚を使うことができるそうです)、また翌日のニューヘイブンの往復切符も自販機で購入——-ああー助かるー!一気に気分が楽になる。

 

(グランドセントラル駅)

リキ君は奥さんがうちの次男と保育園がいっしょで彼女のご両親とは家族ぐるみのお付き合いしているものの、これまで会ったことがなく初めての対面にも関わらず、打ち解けた話ができました。

ニューヨークでは照明の技術コンサルと計画の会社を立ち上げ、仕事について色々と伺う。彼の語りを聞いているといい意味で彼のような自信を持って自分というものを語る人間に対してニューヨークという都市はチャンスを与えてくれる場所なんだなあと思う。ボクももっと若い時にこんな状況に接していたらきっとまた新たな方向に変わって行ってたかもしれない——-と思う。

イタリア料理店へ行く途中にハーバード大学の建築学部長で日本人女性の森さんという方がデザインされたJプレスショップのLED間接照明を彼らが開発したということでちょっと寄ってみることに。

(Jプレスショップ、Jプレスはイエール大学があるニューヘイブンが発祥のアイビーブランドでハーバードやイエールなどアメリカの学閥意識はかなり高いとのこと、女優のジョディ―フォスターの出身校)

 

イタリア料理店での三人によるランチ

 

やっとイタリア料理店に到着。お腹の調子はあまり良くないもののこのお店で人気があるというハンバーガーを注文。

(ニューヨークのビジネスマンたちがランチでよく利用する人気店らしい)

(ランチメニュー、ハンバーガーが19ドル、パスタが28ドル等々)

体が雨に濡れているうえにアメリカ人は暑がりらしく、店内は冷房がかなり強くお腹の調子が悪くなる。

時刻は13時半を回っており、予定ではこの後、ニューヨーク近代美術館(MOMA)とグッゲンハイム美術館に行く予定でしたが、どちらも閉館時間が17時半のため、グッゲンハイムは明日にして今日はMOMAをゆっくり時間を取って見ることに 。

 

 

 

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ファンズワース邸を午後2時半ごろ出発、

当初の予定ではオークパークにあるフランク・ロイド・ライトの初期住宅群を経て

ミースのレイクショア・ドライブ・アパートメント、そしてマリーナベイを急ぎ足で外観のみ見て回ることにしていましたが、

妻の体調回復が思わしくなく、先にホテルに送りその後、オークパークだけ行くことに変更しました。

 

オークパークは、シカゴに隣接する高級住宅地で

フランク・ロイド・ライトがサリバンの事務所から独立して最初に事務所を構えた場所です。

都市と街とを結ぶ高速道路から見える景色は手つかずの自然、そしてこのような住宅地は

一転して鬱蒼と茂る街路樹に芝生が拡がる風景、人工と自然の対比がとても顕著であり、

日本人とは違う自然に対する認識が形成されるように感じました。

(敷地は角地で正面がライト自邸)

 

ライトは当初、このオークパークに自邸を建てたようですが仕事が次第に忙しくなり事務所を自宅裏に増築したとのこと。

 

(増築された事務所側入り口、水平に出された軒、陰影と細く見せる為に軒先は二段に見えるようになっています)

(帝国ホテルポーチ部に左右対称に配された石造りの半球などはもうすでにこの段階で表現されています)

 

 

ライトによる試行錯誤のデザインが細やかにされており、後のシンプルでモダンなライトよりも勾配屋根の付いた住宅の外観をどのように表現するのか様々な実験を見ているようで初期住宅群はとても面白いと思いました。

 

 

 

どのような天才であってもデザインのベースというものは原点の積み重ねがベースになっており、全く新しいものが突飛もなく出てくるものではないと思いました。

 

 

 

 

 

(ほかにもライトがどうかわかりませんが色々なタイプの住宅が建っていました。ライトは1890年代に次々と住宅を設計しておりこれらの住宅は120年前!!の住宅ということになります。

ライトの住宅は現在も住まわれており、勝手に売ることは禁じられ、売却の場合、売却金と購入者は市の方で事前にチェックされるそうです。)

 

何とか持ちこたえていた天気も次第に下り坂になりとうとう雨が降り出しました。

ホテルへ送ってもらい時間は午後6時。宮下さんより翌日月曜日のニューヨーク便は日帰り出張が多く、アメリカは9.11以降セキュリティが厳しくなっており出発時刻の3時間前に空港へ行った方がいいと言われました。

3時間前?って朝の6時20分発からすれば午前3時20分?さすがにそれはにわかに信じがたく、2時間前にチェックインすることに決め、体調も悪いこともあり食事も取らないまま、午後の9時に就寝。

 

 

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三重苦の飛行旅

 

6月9日、午前7時20分 福岡発に乗るのに4時に起床。

12時ごろに寝た為、睡眠時間が4時間程度でとても眠く出発。

成田で乗り換えるシカゴ行き飛行機はなんと満席!

(後からわかったのですがシカゴで年1回開かれているインテリアの見本市と重なったようで)

我々夫婦は横に並べず、前後席に、また座席は3列シートの中央という、

12時間の飛行時間、会話もできず、身動きできず、眠れずの3重苦の飛行旅はキツイ!

成田を朝の9時50分に出発、シカゴへ朝の8時50分に到着。

ほとんど一睡もできないまま空港内にあるヒルトンホテルで宿泊予約の確認を行い、荷物を預け

11時に正面玄関に来てもらうことになっているチャーター車を待ちました。

 

絶不調の妻

 

妻の調子が悪く、機内で何度か嘔吐したらしく「ゾンビ―ノ知子」という感じ。

ボクも睡眠不足で胃の調子が良くありません。

ヒルトンのロビーで待つことすら気持ち悪いらしく、ホテルの外でしばらく待つと

予定通り日本人ドライバーのチャーター車が来ました。

ドライバーの宮下さんはシカゴ在住14年ということでアメリカには24年間住んでいるそうです。

氏の説明によれば、シカゴの人口は約280万人、全米では3番目に大きな街で

1番がニューヨーク、2番がロサンゼルスとのこと。

シカゴは元々、ドイツ系移民が造った街だそうで、

そう言えば、これから行く建物の設計者であるミース・ファンデル・ローエが

ドイツから亡命して来たのがここであり、ここのイリノイ工科大学の建築学科教授として招聘されています。

ドイツ人脈としての何らかのつながりがあったのかもしれません。

 

車は空港からすぐに高速道路に乗り、西に向かって走り出しました。

車線は片側で4車線もあり走っている車は、ほとんどが日本車か韓国車でドイツ車などあまり走っておらず、

また、どれも実用車ばかりで高級車などは少ししか走っていません。

宮下さんによればアメリカでは車がないと子供の送り迎えもできず一家に一台ではなく、一人一台という社会だと。

アメリカ人とって日本車と韓国車の性能差はもう感じないらしく、

日本車より安い韓国車に人気がありそのうち日本は車でも韓国に抜かれる可能性が高いと言われていました。

 

道中、いろいろなお話を伺いながらの走り去る外の景色は、まわりには何もなく

遠くの山並みも見えず、単調な整備されていない自然が延々と続きます。

(夫婦そろって体調が良くなく、レンタカーでなく良かったと安堵)

再び車内で気持ちが悪くなった妻に対して途中、高速から降りガソリンスタンドよってもらい休憩、

(高速を下り、別荘までの風景)

 

事前の天気予報でシカゴは100%雨だったのですが奇跡的にも晴れ間が拡がり好運でした。

空港から1時間半近くかかって予約時間である午後1時の30分前に到着。

(回りは何もなくただこの看板がポツリと)

 

ファンズワース邸(1951年)

 

(これがファンズワース邸?—-ではなく受付です)

 

ファンズワース邸の受付センターで予約番号を見せ、午後1時よりセンター内で

スライドを通し概要の説明(もちろん英語)が15分ほどあり、ガイドに従い外へ

 

ファンズワース邸はミース・ファンデル・ローエによる設計で1950年にファンズワース女史の別荘として建てられた住宅

彼女はこの土地の環境を気に入り以前から所有しており、特別な関係にあったミースに、週末別荘としての設計を依頼。

当初建設予算が4万5千ドルであったのに対し、完成時に7万5千ドルに跳ね上がり訴訟となりました。

(結果的にミース勝訴)

(今でいうと例えば4千万の予算だったのに6千700万円の請求がくれば当然ながらトラブルになり、設計者側が負ける可能性もあり、ミースはよく勝訴したと思います)

 

敷地のすぐ横を川が流れており、度々この川の氾濫もあり湿地帯のような場所でかなりリスクのある環境です。

 

 

緑の中に舞い降りたような純粋幾何学のこの建物は素晴らしく美しい!

まさしくここは20世紀モダニズムを代表する住宅の聖地です!!

(このガイドの説明が3倍速ぐらい速くした英語で全くわかりませんでした。一緒にいるスペインから来た建築家の若い女性二人もワカラナーイ!と両手を拡げていましたが、心の中で、このヤロウ!日本に来たら日本語の早口言葉で復讐してやるぞ!—-と思う—–)

(アプローチとは反対側の北側立面)

 

この住宅は、グランドレベルから浮いている軽やかさが素晴らしいのですが、これは川の氾濫を考慮した現実的対応の結果で恣意的なものではありません。

室内の床はグランドから約1.6m浮いており、柱のスパン(間隔)は約6.7m、建物の長さが6.7m×3スパン+1.67×2=23.44m、奥行き約8.8m、室内の広さは147.3㎡(44.5坪)、天井高さ約2.9m、建物を水平方向にのびやかに演出している上下の白いC型鋼の梁成(高さ)はともには38cm。

 

 

(軒下の中間領域としての外部スペースがゆったりとしており気持ちいい!また、1.6mの高さへ上がるためにワンクッションとして建物と同じ長さの巨大な踊り場を設けられておりこの部分の段違いのずれたラインによって建物の水平ラインがさらに強調されています)

 

C型鋼の梁はH型鋼の柱の横腹で受けており、柱、梁が明快に切り離され表現されています。

また、ボクなり細かい部分として気付いたことはH型鋼の上端を梁の上部に合わせずに少し下げているというところです。

何故か?——建物をグランドレベルでの人の目線高さで離れて見た場合、上端を揃えてしまうとH型鋼の上端が梁天端より出て見えてしまう為、少し下げているのです。

また上の写真の外部軒天は外周部を回っているC型鋼より目透かし目地を取って少し下げてあり、雨水が軒天部分に回らないような細やかな工夫がされてあります。

建物は全周ガラス張りでキッチンや浴室の換気用の穴はどうしているかと言えば、実は内部のコアから屋根上部に外から見てもほとんど見えない状態で立ち上がりが取られそれに箱を被せて回り込むような給排気システムで対応されています。

雨水、排水はコア部より直下にまとめてグランドレベルへ下ろされていますがほとんど目立ちません。

 

 

 

内部はもちろん入れましたが、日曜日の場合、午後3時以降での内部写真撮影が許可のため、残念ながら内観の写真がありません。

(外部のデッキ側からの内観撮影はOK)

内部はもっと人工的に感じるのではと思っていたところ、天井までのガラスによる開放感は、外部環境との関係性において樹木の存在が大きく、とても気持ち良く外部とのつながりを感じさせる空間でした。

 

プランはキッチン、二つのサニタリー(バス、洗面、トイレ)、機械室がコアにまとめられ、コアによってダイニング、リビング、ベッドルームスペースが連続的に繋がりながら領域として分けられています。

 

天井には一切照明がなく、たぶんフロアスタンドで対応するようになっており、したがって壁にスイッチもありません(コア内にはアリ)床上にほとんど目立たない状態で各所にフロアコンセントが設置されています。

 

外周部のガラスは東側を除きFIX(はめ殺し)で寝室ゾーンとなっている東面の1/3中央部が唯一通風用としての開閉式窓になっています。

 

 

外部に続き内部のディテールも徹底しておりガラスの結露に対しても床のトラバーチンより窓側床面が少し下がっており(外部ポーチ回りの写真を見ると床面が外周を回っているC型鋼より少し上げられていることがわかります)

 

コア内にはクローゼットがなく、女史がミースへ服の収納が何故ないのか質したところ必要なのかという返答だったようでやむを得ず自立式の衣装ケースを置いたそうですが、それはミースの意志に反する為建物から取り除かれているそうです。

たぶんミースは週末住宅ということもあってか生活をミニマム化するとともに建物の外観、内観のディテールを徹底的に詰め、この住宅を芸術の領域まで高めたかったのだろうと思います。そうした一貫した妥協をしない姿勢が凄い迫力で迫ってくる住宅です。我々が日々研鑽を積みながら行ってきたことが1950年に全てというかそれ以上にすでに行われており愕然とします。

 

この建物を30分みるためだけに一日を割くという一般のツアー客の方々にはもったいないと思われるかもしれませんが、ボク自身は本当に行って良かったと思いました——-我が旅に悔いはなし!!

 

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アメリカ建築弾丸ツアーは

個人ツアーの企画立案から約3ヶ月後の3月辺りからネットによる情報収集を始めました。

(昔と違い今は何でもネットで確認ができ非常に助かる時代になりました。)

成田発シカゴ行きは1日に朝到着と夕方到着の2便ありましたが時間を有効に使うために朝到着を前提としました。

ただ、その場合、福岡を朝の7時20分発で出発し成田で乗り換え9時50分に日本を出発。

12時間の所要時間でシカゴには朝の8時50分に到着。すぐにホテルに荷物を置き、

ファンズワース邸へ行くという強行スケジュールです。

また、翌日はデルタ航空朝6時20分発ニューヨーク行きに乗る予定のためホテルは飛行場内にあるヒルトンホテルを予約。

さてこれからが課題です。

 

1, シカゴからファンズワース邸への行き方が問題

 

グーグルマップにファンズワース邸を入力するといとも簡単にシカゴオヘア空港からの経路と時間が出るのでとても便利ですが、ファンズワース邸は別荘のため

公共機関では行くにくい場所にありレンタカーで行くかタクシーで行くか随分迷いました。

タクシーで行った場合、帰りをどのようにするか問題で、当初、空港でレンタカーを借りる予定でオヘア空港の地図やレンタカーへのお店への行き方、日本語カーナビの有無、国際免許などについて調べていましたが

妻から,朝到着し(睡眠不足)そのままレンタカーを運転して行くのはかなりリスクがあると言われ、レンタカー案を取り止め、費用は相当かかるもののもっとも安全な日本人ドライバーによる車をチャーターすることにしました。

(旅のところでお話しますが、結果的にはこれで良かったと思います)

 

2, ニューヨークのJFK空港から市内に行く方法

 

もっとも安上がりがエアトレイン+地下鉄の組み合わせですが、余程、旅慣れてニューヨークにも行ったことがあれば別ですが大きな旅行バッグを持ってこの方法を取るのはかなりリスクがあります。

ホテルの送迎バスに乗ることが可能であればとても助かりますが、団体ツアーでもなく大きなホテルに泊まる予算がないのでこれも難しい。

そこで事前予約で宿泊ホテルの前で降ろしてくれるエアリンクシャトルバスという方法があり、当初、これかタクシーかで検討していました。

結局、妻の知り合いの娘婿さんがニューヨーク在住で迎えに来てくれるということでクリアすることに。

 

3、 ニューヨークでの宿泊ホテル(料金が高い)

 

ニューヨーク、マンハッタンでの宿泊ホテルはみなどこもかなり割高でネットで検索しながら場所と料金とサービスについて情報を吟味。

 

 

グランドセントラル駅にも歩いて行けるほど近く、さらに地下鉄駅にも近く、 料金も高い中で安く、部屋も狭いけれどそこそこあるUホテルフィフスアベニューに決める。

地図の上のグリーン部分がセントラルパーク、マンハッタンはセントラルパークを中心に上に治安があまり良くないハーレムがあるアッパータウン、パークのすぐ下がミッドタウン(著名な高層ビルはここに集中、宿泊先の斜め向かい側にはエンパイアステートビルがあります)、グリニッジビレッジやテロのあった世界貿易センターがあったところがミッドタウンの下のダウンタウンと大きく三つのゾーンに分かれています。

地図の右側(東)が南にブルックリン橋がある方向で左(西)がハドソンリバー。

南北の方向に走る通りには東から順番に番号名か人名?が付けられており宿泊先のホテルは5番目の通りに面していることになります。(地図内水色ライン)

 

4、 ニューヨークの地下鉄に乗る方法と路線図の理解

 

ニューヨーク市内はどうやら車の渋滞が有名でそう言えば映画「セックス&シティ」でもそういうシーンが描かれていました。

そこでタクシーを使わず、地下鉄をフルに活用しながら徒歩との組み合わせで動く必要があり、メトロカードの購入方法についてネットで確認。

路線図の見方についてもネットで確認、路線図が載っているアプリをダウンロード。

各地下鉄駅の名称は南から横軸の通りに順番に付けられているストリート名になっており我々が宿泊するホテルは

縦軸が5アベニューに面し、横軸は33ストリートで近くに緑の路線がとオレンジの路線があり駅名は33Stとなっています。

緑の路線には4,5,6と終点が違っており黒丸は普通の各駅停車、白丸は急行になっています。

 

5,   グランドセントラル駅からメトロノースに乗り北へ東海岸沿いにあるニューヘイブンへ行く

ニューヘイブンからイエール大学へ行く方法の確認

 

当初、イエール大学があるニューヘイブンの駅名が中々わからず、

ようやくニューヘイブンユニオンステーションだということがわかりました。

次に時刻表をネットで手に入れニューヘイブンへは30分おきに出ていることを確認。

また所要時間は2時間かかるため当日は見学時間も含めほぼ一日かかるだろうと予想。

次にグーグルマップでユニオン駅からイエール大学までの経路を確認してみると

意外にも近いことがわかる。車で7分、歩いて15分となっており歩いても十分いけそうですが、

行ったことのあるネット情報を確認してみるとニューヘイブンという町は全米でも治安が悪い場所に入るようで

出来ればタクシー利用を推奨していました。

そこで行きはタクシーで帰りはウーバー(配車アプリ)を利用することにしました。

 

6、美術館の休館日、開館、閉館時間の確認

 

シカゴのファンズワース邸は見学には事前予約が必要で我々がシカゴに到着する予定の6月9日、日曜日は12時が予約いっぱいで内部の写真撮影可能時間は午後15時からになっていましたが、他の見学物件との段取りや兼ね合いもあり13時に予約をしました。

ニューヨークのMOMA(ニューヨーク近代美術館)やグッゲンハイム美術館は月曜日もオープンしており問題がなく、イエール大学のアートギャラリー、英国美術センター、バインネック・レア・ブックライブラリーも入館料は無料で問題ありませんでした。

 

7,  日程と行先の設定

 

6月9日(日)日本を出発し、時差の関係でシカゴ到着はアメリカ時間の6月9日(日)午前9時。

 

6月9日 当日にミース・ファンデル・ローエ設計のファンズワース邸とレイクショア・ドライブ・アパートメント

フランク・ロイド・ライト設計によるオークパークにある初期住宅群、その他としてトウモロコシ型の集合住宅で有名なマリーナベイを見学

 

6月10日(月)シカゴからニューヨークへ移動しその日のうちに谷口吉生設計によるMOMAとライト設計のグッゲンハイム美術館を見学

 

6月11日(火)ニューヨークからニューヘイブンへ行き、ルイス・カーン設計のイエール大学アートギャラリー、英国美術 センター、ポール・ルドルフ設計のイエール大学建築学部棟、SOM設計によるバインネック・レア・ブックライブラリーを見学

 

6月12日(水)ニューヨーク、マンハッタン島、ハドソンヤード再開発地区、ハイ・ラインからホイットニー美術館まで歩き、グリニッジビレッジを散策、妻の要望で紅茶専門店であるハーニー&サンズに寄りトレーダージョーンズで買い物

 

6月13日(木)ニューヨーク出発羽田へ

 

6月14日(金)羽田着東京泊

 

8、 経費の算出と予算の事前確認

 

9、 英会話の準備

ボクは英語が全く苦手なんですが、今回は英語が話せる妻に頼らず少しでも事前準備できればと考え

七田式の7+Englishを購入、60の構文を毎日30分続けて2ヶ月で覚え込むという方式で、

今年の1月から5ヶ月かかって何とかやってみました。当然ながらそんなにわか勉強で英会話がスラスラできる訳もなく、

さらに明石家さんまがCMしているポケトークも購入!直前には場面別英会話をネット購入しホテルや交通機関、お店での会話について備えてみました。

 

10、 旅先情報のファイル化及び行き先位置情報のスマートフォンへの保存

 

宿泊先のキャッシュカードでの支払い状況の写しや予約番号の控え、 行先経路図、全体スケジュール、経費一覧表、見学先の写真等全ての情報を携帯できるように2部ファイル化して各々が持てるようにしました。また、位置情報として全ての行先をグーグルマップに保存し、現地ですぐに確認できるよう準備。

 

11、 健康状況の確認と是正

 

妻の知り合いによる情報によればアメリカでの出産費用に100万円かかったという話を聞き、旅行中に病気でもして入院となれば大変なことになると思いました。そこで4月末に血液検査、尿検査、胃カメラ、大腸スコープの検査を行い、健康状態に問題がないことを確認。

また、直前まで肩こりがひどいためマッサージを受けるものの良くならず施術者の方から整骨院で背骨の矯正を受けた方がいいと言われ、行ってみると体調が随分よくなり万全の体制となりました。

 

12,  スマートフォン用充電器の購入と世界データ通信アプリでの登録

 

移動中のスマートフォンの電池切れに対応できるように充電器を購入、また、海外でのスマートフォンでの使用が問題ないように定額制の世界データ通信アプリで登録を行っておけば、向こうで24時間980円で費用を気にせずスマートフォンが使用できます。

 

以上12個の課題に対する準備を2ヶ月の間に行い、いざ出陣!!

 

あとは予定通りミッションをクリアできるかです———ハア——。

旅行代理店の添乗員の方がいかに大変なのかよくわかりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

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年末より妻と二人でアメリカ建築弾丸ツアーを企画し、いろいろと準備をしてきました。

これまでヨーロッパへは古典建築から現代建築までを観るのに7回ほど行って来ましたが

アメリカには一度も行ったことがなく、いつか行かなければいけないと思っていました。

ただ二人とも仕事を持ちながらの旅行のため、長い期間は望めず

アメリカ滞在は4日間でスケジュールを組まなければならず

旅のコンセプトとしてまず最初に

アメリカを代表する建築家として

ミース・ファンデル・ローエとフランク・ロイド・ライト、そしてルイス・カーン

この3人の巨匠作品を最優先して観ることに決めました。

 

次に日程が短い為、西海岸は諦め、東海岸をメインとしました。

(これを決めるのにかなり時間がかかりました)

そして日程と行先のいくつかの組み合わせパターンの検討を行い最終的には

日本からシカゴへ行き、ミースのファンズワース邸とオークパークのライトによる初期住宅群を観て、

シカゴからニューヨークへ飛びライトのグッゲンハイム美術館、さらにニューヨークから電車でニューヘイブンへ行き

カーンのイエール大学アートギャラリー、英国美術センターを観るという基本行程を決めました。

 

さて次はそれ対する準備をしなければなりません。

目的地への移動方法、要する時間、宿泊、その他の見学物件の情報収集など団体ツアーと違い

個人旅行においては詰めなければいけないことがたくさんあります。

つづく———。

 

 

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